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宇宙戦略本部の衛星とロケットに関する事務局原案2008/11/4明らかに

YOMIURI ONLINE(読売新聞)のサイトで「宇宙戦略本部、早期警戒衛星を検討…事務局原案」を読みました。気象衛星「ひまわり」が安定運用できそうで嬉しいことです。

しかし...

“科学省の新規計画の「災害監視衛星」は変更を要求。災害監視に特化せずに、幅広く安全保障・危機管理に役立てるよう求めた。”

また、こんなこと言ってる...なんでもかんでも関係しそうなこと、似通ってそうなことを詰め込んで使いずらい宇宙機にするのはいいかげんやめたほうがいいんじゃないのでしょうか!?ヘタに汎用性なんか求めないで、目的・用途・機能をしぼりこんで特化した宇宙機を作りったほうが成功しそうな気がします。

“ロケットについては、運用中の大型ロケット「H2A」に加え、中型と小型の品ぞろえをする必要があるのではないかとした。ただ、文部科学省の宇宙開発委員会が中止を勧告する方針の官民共同ロケット「GX」を「中型」と記述したため、関係省庁の間から「続行を疑問視する意見が多い中、一転容認したに等しい」と、批判が上がっている。”

そりゃそうだわ。批判が上がってあたりまえ。アニメのようにいつの間にか開発していて、いきなりドーンと成功はずもないだろう。

“8月に宇宙基本法が施行され、政治主導で国全体として宇宙開発を進める体制に変わった。来年度予算でそれをどう具体化するか注目されていた。”

政府主導でもいいのかもしれませんが、関係者にそれなりの人物がいて、それなりの発言力がないと。宇宙開発には庶民感覚では莫大なお金が必要なわけですが、他国と比べると日本の予算は決して多くはない。少ない予算で大きな成果を目指のはもっともですが、程度があるだろう。おおげさなたとえですが、僕個人的には日本の宇宙開発予算は、軽四が買える金額でリムジンを買おうとしているような印象があります。どんな尺度で予算の大きい・適当・小さいかを判断しているのか。

本当に宇宙開発が日本に必要なら、最低限の人と時間と金を使う覚悟をしてほしい。できないなら、それなりの宇宙開発をするしか仕方ない。

ついでに「中学校教諭、カポエイラの技かけて生徒の左足骨折」も紹介。

“県教委が「処分には該当しない」と判断したため、市教委は口頭注意にとどめ、発表していなかった。”

詳しい状況はわかりませんが、処分に該当しないの?

生徒:先生。カポエラをやったことあるんだって。技かけてよ!
先生:しょうがないな。一回だけだぞ!素人がやると危ないから見よう見まねで友達に技をかけちゃいかんぞ。

みたいな状況だったのでしょうか?そんな状況だったにしても先生が生徒にカポエラの技をかけちゃいかんだろ。

カポエラが格闘技であることがよくわかったのでボディコンバットのときには周囲を十分注意しよう(- -;)

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貧困 Blog Action Day

個人的には経済的に貧乏=悪と思ってます。世の中の全ての経済的に貧乏な人達が悪人であるということではありません。貧困ということを“良い・悪い”で判断すると“悪い”ということだと考えているのです。

幼かったのでわかりませんでしたが、僕の家は小さい頃からお金には不自由している家だったようです。でも、今日の食べ物に困ったり、着るものを一着しか持っていないなんてことはありませんでした。好きに遊びまわることができれば、それで幸せでした。

大きくなるにつれお金持ちではないことは徐々に理解できましたが、貧乏に直面したのは父が死んでからです。当時、僕はまだ小学校の中学年で一番下の妹は伝い歩きができるようになったばかりでした。

父が残してくれた貯えだけで長くは暮らせませんでした。母は僕達兄弟四人を育てるため働き始めました。母の頑張りで僕達兄弟は大学まで行くことができました。子供を大学に行かせることは母の夢であり心の支えだったようです。僕が高校を選択するときに「高校を出たら働いて家に収入を入れたい。卒業したら働けるような高校に行きたい。」と言うと、「大学には必ず通わす」と言って大学に進学できる高校へ進ませる考えを曲げませんでした。

お金がないことは、日々実感しました。いろんな支払いを僕達兄弟のお小遣いから出さなければならなかったこと。電気や水道の使用料を止められるギリギリまで払わなかったこと。生活費や学費のために消費者金融を利用せざるをえなかったこと。消費者金融の支払いのため夜に消費者金融のATMに母といったことなど。学生でまだ社会で生きていくことを理解はしていなかったと思いますが、「明日僕達はどうなるんだろう」と考えながら暮らしていました。

田舎の地方都市だからかもしれませんが、僕達一家に対して片親だからと身に覚えのない非難というか陰口のようなことは沢山言われてました。ちょっとした事件があると「あそこの家は父親がいないから...」と言われていました。同じ片親でも金銭的に裕福な家庭だとそんなことは少ないから「お金がないって損だな」と思ったことがあります。

高校はアルバイトが学校にばれると退学だったので大学に入るとアルバイトをしました。なぜか母は平日のアルバイトを嫌がっていたので長期の休みにしかアルバイトできませんでしたが、アルバイト代は半分は母に渡していました。残りのお金は教材とか学食での食事代など大学生活で使いました。

そんな時期に「世の中はおかしい」と思ったニュースを見ました。時はバブル経済の真っ只中でした。世の中は好景気だと騒いでいる中、我が家は相変わらず「何ヶ月前の電気代を今払わないと明日電気が止まる。この払いは何ヶ月後まで後回しにできる。」といったギリギリの家計でバブルの恩恵にはありつけませんでした。いったいどこに好景気があるんだと思っていたときに見たニュースでした。

そのニュースは「景気がよくて大口注文がくるんだけど、働く人を確保できなくて受注できず倒産する」というものでした。「注文が、お金が十分あるのに倒産!?そんなことがあるのか!?想像も理解もできない!」それが僕の感想でした。

僕も働くようになり、バブルもはじけてしまってから注目されたのがITベンチャーの人達でした。僕もIT関係の仕事をしていました。その時感じていたのは「ITとカッコイイ名前で呼ばれているがめったに大もうけできる業種じゃない。」ということです。今の残っているのは、注目されていた人達はやっぱりITではなくお金を動かして利ザヤで儲けてお金持ちになっていたという印象だけです。ITなんてどこに関係していたんでしょう。

バブルの時も、ITバブルの時もモノ作りしている人たちより、お金でお金を稼ぐ人のほうが裕福になれたのだから汗水流してコツコツ働くことの価値が下がってしまった気がします。

お金持ちになるなら利ザヤで儲けたほうがいいのか?そんな業界には抵抗を感じます。例えば株の売り買いで儲けるということ。本当はもっと複雑で大変なこともあるのでしょうが、「企業を研究し、市場を読んで、利益のでそうなところに投資する」というのが株取引についての僕の知識です。これは競馬場に行けば同じ事をしている人を沢山見かけます。僕には「馬を研究し、馬場を読んで、利益のでそうな勝ち馬投票券を買う」のと違いがわかりません。競馬場以外のギャンブル場でも同じことが起こっています。ギャンブルは趣味の範囲で十分です。

僕の家族が生きてこられたのはなぜか。母が頑張って働いてくれたからです。父がいなくても家が楽しいところだったからです。兄弟もそれなりに力を合わせていたからです。貧乏だから頑張れ、貧乏だから力を合わせられたのか?

今のニュースで、かつての僕の家のように、あるいはそれ以上に貧乏で困っているのを見ます。お金があれば事件はなくなるとは思いませんが、お金がないから起こる事件があります。なら、お金はあったほうがいい。働いたらお金が儲かるほうがいい。働こうとしていたら働けるほうがいい。お金でお金を稼ぐときに使うお金を産み出したモノ作りでも利益がでたほうがいい。お金がなくて起こる不幸があるなら、お金があったほうがいい。貧乏でないと頑張れないとか力を合わせられないことはないでしょう。

僕の家族は今では普通に暮らせていますが、貧困が心まで貧しくしてしまうこともあります。心は裕福でありたいです。

Blog Action Dayというのがあって今年のテーマが「貧困」というのでエントリーしてみました。

エントリーしたつもりなものの全て英語なので正しくエントリーできているか自信がありませんが、貧困=貧乏ということなら昔じっくり味わっているので何か書いてみるのもいいと思ってます。

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